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2010.09.03
2010.03.29
(経緯)
1988年11月に神戸市で開催された「'88神戸女子車椅子バスケットボール大会」は、これまで男子チームと一緒に競技するか、東西選抜対抗戦のような形式でしか試合を行うことが出来なかった女子選手達に、初めて女性だけの大会という場を提供しました。
そして、1989年のフェスピック神戸大会(環太平洋障害者スポーツ大会)終了後に神戸市の肝いりで、ポートアイランドホール(ワールド記念ホール)を会場として“フェスピック神戸大会記念”「第1回全日本女子車椅子バスケットボール選手権大会」が開催されました。この女子選手権を盛り上げるために男子の「ブロック選抜車椅子バスケットボール大会」が同時開催され、1994年までの5年間、神戸市の全面的なバックアップを受けて開催されたことは、全ての女子選手に希望と目標を与えてくれるものとなり、技術の向上、女子連絡委員会の設立並びに新人選手の発掘・育成などに大きく寄与してきました。
しかしながら、1995年1月17日の阪神・淡路大震災により、5年間続いた神戸での開催が不可能となりましたが、この大会を途絶えさせるわけには行かず、各ブロック持ち回りで、続けて開催してまいりました。
震災から4年後の第9回大会から再び神戸市のご協力で開催できることになりましたが(会場は、グリーンアリーナ神戸)、第17回大会でフェスピック神戸大会記念の基金がなくなり継続が危ぶまれました。しかし再度神戸市のご助力をいただくことが出来、再びここ神戸市において開催されることになりました。
(現在)
この全日本女子選手権は、全国に登録しているチームが日本一を目指す大会であり、華やかに、そして躍動感のある素晴らしい選手の活躍が、障害者の自立と社会参加を促進し、障害者への正しい理解とアスリートスポーツとして社会に認知される大会であると確信しております。